11月28日、フランスパンの日|噛みしめた奴だけが、本物を知る
――噛め。“本物”は、抵抗してくる。
フランスパンは優しくない。
ふわふわでもなければ、口に入れた瞬間に溶けることもない。
最初に来るのは、歯への反抗。
表面は硬く、簡単には折れてくれない。
だが、それでいい。
楽に食えるものは、記憶に残らない。
抵抗するからこそ、人は噛む。
噛むからこそ、味を知る。
今日はフランスパンの日だ。
覚悟のない奴は、最初から手を出すな。
フランスパンの材料は驚くほど少ない。
小麦粉、水、塩、酵母。
砂糖も油脂も、余計な装備は一切ない。
ごまかしが効かない。
焼きが甘ければ即座にバレる。
生地を扱う手が鈍ければ、噛んだ瞬間に正体を現す。
つまり――
フランスパンは、職人の力量を隠してくれない。
名前や看板じゃない。
経験と覚悟だけが、形になる。
フランスでは、フランスパンは「特別なごちそう」じゃない。
毎日の糧だ。
朝、袋に入れ、脇に抱え、街を歩く。
だが日本では違う。
柔らかく、安全で、失敗しないものが好まれる。
悪くはない。
だが、それだけで戦えると思うな。
歯応えがあるということは、
「向き合え」と言われているのと同じだ。
噛め。
逃げるな。
途中で諦めるな。
面白い話がある。
フランスパンの“外側が硬い”理由は、
中を守るためでも、演出でもない。
水分を閉じ込め、生地を成立させるための、必然だ。
無駄はない。
意味のない硬さじゃない。
人生も同じだ。
外側が厳しく感じる日ほど、
中身はまだ生きている。
守られている。
柔らかさだけを求めるな。
硬さには、役目がある。
フランスパンは切り分け方ひとつで顔を変える。
厚切りにすれば、噛む時間が増える。
薄く切れば、料理を引き立てる。
バターを乗せてもいい。
スープに浸してもいい。
だが覚えておけ。
主役じゃなくても、軸は崩さない。
合わせるものに媚びない。
それがフランスパンだ。
俺は思う。
フランスパンが合わないと言う奴は、
たいてい「噛むのが面倒」なだけだ。
だが噛むってのは、
理解するってことと同じだ。
相手を知ろうとする行為だ。
手間を惜しんだ瞬間、味は消える。
フランスパンは教えてくれる。
「わかろうとしない奴には、何も与えない」とな。
今日、もし迷っているなら。
柔らかい選択と、少し硬い選択が並んでいるなら。
俺はこう言う。
ナイフを取れ。
噛む覚悟を決めろ。
硬い方を選んだ先にしか、
“本物”は残っていない。


